2011年04月09日

311・平成の今

この言葉を普通に使う日が来るとは思わなかった、闇物資(^_^;)
行き渡らない物資の影響で、配送ライン復活してからここ最近、個人の闇物資↑
個人的には「差し入れ」の方がしっくり来るのですが、世代かなー。
日本のみならず世界中からやって来た物資は、役所や大規模避難所にぱんぱんになってはいます。
が、そこから先に渡って行ってません。仕分けする役場の人間が、人手が足りない。
当たり前といえば当たり前です。元々人口減の土地から更に大勢の人を、津波が攫って行った。
導線も整ってない(準備会呼んで!と思った)。今時はネットで避難地域の何処が困ってるとか、かなりリアルタイムに把握出来るのに、それを利用しようとしない。民間の力を借りようとしない。
いわゆる「お役所仕事」と呼ばれる弊害がやっぱり起こっています。

闇物資は、被災地で連絡取れる人に今何が不足してるか打診して、住所が生きてる個人宅に宅配等で送り、そこから避難所に直に持って行き必要な人達に分けるって事です。
役所等に持って行って分配を頼んでも、肝心の手元に届くのはいつになるやらだし。
役所の人間に了解を得てから配ろうとすると、断られるし。
ゆえに避難所に知り合いが居たらその人宛を装い、居なくても居るように装い(笑)持ってって届けます。
個人で闇物資を配る量にも地域にも限界はありますが、無いよりずっとマシです。
戦時中みたいですが、空腹で寒い時の物資に公共も闇も無いよなあ。

震災直後の避難所は、毛布が一家族に1枚渡るかどうか、食べ物もゼロに等しいほど足りず。
津波来て逃げた友人の家族は、そんな状況の避難所に着いてすぐ「こらあかん」と気付き
避難所から比較的近所で、家も冠水はしたけど入れる状態だったのでダッシュで戻り、ダッシュで御飯を炊き
(阪神の人が「揺れが治まって調理器具使えるならまず飯を炊け!」言ってたのはこれか)
無事な毛布や寝具を引っつかんで避難所に届け、又家に戻って握り飯を大量に作り、避難所へリターン。
他にも無事だった区域の人達が色々持ち寄ったり。被災後すぐはそれが出来ました。
しかし役所が入った途端、全てシャットアウト。
山越えた農家のおじさんは、揺れと津波に「こりゃ大変な事になる」と、精米前だった千キロ単位のお米を急いで精米し、自前トラックに積んで避難所に駆けつけた時にはもう役所の人間が受付に立っていて
「個人物資は受け取れません」
後ろにお腹を空かせた子供がいるでしょうが!(あっ黒板五郎)

TVで見た人もいるかと思いますが、震災後に物資が届く前の、1日におむすび1個かドーナツ半分、あとせいぜいリンゴ2切れ状態の多くはそんな状況下だったんです。
つい先日も、未だ1日おむすび1〜2個+ジュース1本、もしくは菓子パンとリンゴ2切れかお菓子1袋な場所に、善意の食料品店や、個人が食べ物を持って行っても門前払い。
「役所を通してない物、公共の物資以外は受け取れません」
役場も頑張ってる人はホントに頑張ってるのですが、限界があります。特にこんな大きな震災後では尚更。
人手も体力もギリギリな時くらい民間とタッグ組めばいいのに、昔から相容れないままだなあ。
えじろの住む町は役場の人間もう3人しか居ないけど、町民力を合わせて乗り切って行こう意識が高い。
うちの方は区域広い分だけ行き届かないのかも〜(--;)
被害甚大過ぎて、行き届かない部分出て来てもしょうがないから、皆ガマンしてます。
それでも地元から「いっそ役人居ない方が食える!」「ホントもう闇で貰うしか」と切実な声があるのも事実。
気力体力共にギリギリラインの人が沢山居ますから、せめてもの食事、栄養を摂って欲しいです。
地元漁師が多く避難してるであろう某所、いっそ早く引き払って炊き出しもある町中に統合して欲しい(T_T)
と、悶々としてたら来週には市街地に統合移動するようです(^^;)
これで少しは栄養事情改善されるかな。いや、して貰わないと。

避難所に居て動ける人の多くは、日々かつて自宅があった周辺の瓦礫撤去しに行ったり、自宅の物が残ってないか探したり、不明の人を探したり、市街地に情報を求めたり、1日かけて手続きしたりしています。
ほぼ全員津波で車を失っていて、田舎暮らしの重要な足が無いため、皆毎日足で山越え又山越え野越え、同じ行程を辿って避難所に戻って来ます。
確かに田舎人は数時間歩くの苦にもしないけど、移動だけでも体力勝負。肉や魚や甘味や油物を〜!
自分ちも流されて大変なのは判るけど市長何とかして!
あっあと毎朝発破をかける挨拶もいいけど、ぶっちゃけ被災した区域は防災無線壊れてるし、山間ではこだまして反響音凄くて、家の中に居ても窓全開にして全神経集中しないと、何言ってるか全然聞き取れないんですよ市長!(^_^;)

前回はかなりダークな更新記事でスミマセンでした。カラでも何でも元気出して行きたい。
>3/15じぇんね様
かつての雑誌から、今の御来訪ありがとうございます(^^)
御心配おかけしましたが、おかげ様でえじろ一家無事です。
自衛官の皆様の働きには、本当に感謝&よろしくお願いしますとしか言えません。
メッセージありがとうございましたv


>3/15ご実家の方〜様
お気遣いありがとうございます。命だけは繋がりました。
メッセージありがとうございましたv


>3/15うめ様
情報お寄せ下さいましてありがとうございました。
うめさんのお友達の御家族も、どうか無事であるよう願っております (>人<)
メッセージありがとうございましたv


>3/16震災、本当に〜様
肩こりの追加情報ありがとうございます。
何か運動してられる場合じゃ無くなってますが(^^;)日常に戻ったらぼちぼち動かしてみます。
メッセージありがとうございましたv


>3/19天城様
一緒にホッとして頂き、ありがとうございます!
長い道のりですので、長く御支援お願いいたします。
メッセージありがとうございましたv


>3/19N様
ずっとお祈り頂いたそうで、感謝です!
メッセージありがとうございましたv


>3/19一読者様
御心配おかけしました、お言葉ありがとうございます!
メッセージありがとうございましたv


>3/19恵様
御心配おかけしました。私も出来る範囲で何かしたいです。
復興へは時間がかかると思いますので、出来れば長い目での御協力お願いいたします。
メッセージありがとうございましたv


>3/20くろこ様
こりゃまた長のお付き合いありがとうございます(^^ゞ
御心配おかけしましたが、何とか無事でした。
メッセージありがとうございましたv


>3/20ご無事で〜様
言葉にして頂きありがとうございます。
メッセージありがとうございましたv


>3/21atsuko1902様
はい、合ってます!再開の暁には案内メールしますね。
メッセージありがとうございましたv


>4/1竜那様
お言葉ありがとうございます。おかげ様でどうにかこうにか難を逃れました。
メッセージありがとうございましたv


>4/6本気で・・・様
お気遣いと励ましのお言葉ありがとうございます。
小さな事からコツコツと(笑)やっていけたらと思います。
メッセージありがとうございましたv


>4/6じぇんね様
二度目ましてありがとうございます。
うわあ先生なんですか!(内心で「きをつけ」姿勢)
宮高は校庭水浸しになりましたが、校舎は大丈夫そうです。しばらく避難所になってました。
無事だった生徒達は、人員の足りないスーパー等で代わりに販売や品出し・お客さんの整理や
避難所でのお手伝い、色んな所で手助けを頑張っています。
私が言う事でもありませんが、高田、宮高ともに出来る範囲で構いませんので、よろしくお願いいたします。
posted by なの at 05:28| 311覚書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする